誰もがスポーツを楽しめる社会を目指して【後編】-「ユニバーサルラン」から広がるインクルーシブなまちづくり

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第42回「新潟シティマラソン2026」が、2026年10月11日に開催されます。2025年には1万3000人ほどがエントリーし、本格的なフルマラソンのほか、ファンランやユニバーサルランなど、多様な種目があります。

この「ユニバーサルラン」種目を創設するにあたり、ご尽力されたのが理学療法士の山田規央さん(新潟県理学療法士会員)です。リガクラボでは山田さんにインタビューを実施し、前編ではユニバーサルラン種目の詳細についてお話しいただきました。後編では、ユニバーサルラン種目の創設までの経緯や、理学療法士としての役割、今後の展望などについて伺います。

PROFILE

山田 規央(やまだ のりお)独立行政法人国立病院機構 西新潟中央病院/理学療法士

山田 規央(やまだ のりお)独立行政法人国立病院機構 西新潟中央病院/理学療法士

1998年 国立療養所犀潟病院附属リハビリテーション学院を卒業、 国立療養所西新潟中央病院に就職。2006年 退職し、JICA青年海外協力隊としてタイ王国に派遣(2年間)。2010年より現職。神経難病等の患者さんのリハビリテーションに従事し、業務の傍らタイの大学から臨床実習の受け入れを担当し、多職種での院内国際化推進チームの活動も進めている。2012年 新潟医療福祉大学大学院修士課程修了。

「障害や困難を理由に、参加の機会を奪えない。」山田さんの思いとは

なぜ新潟シティマラソンの種目に、ユニバーサルラン種目を創設しようと思われたのでしょうか?

山田さん:もともと私自身が新潟シティマラソンのフルマラソンに参加していましたが、開催要項には「車いすでの参加はできません」と書いてあり、残念に思っていました。学生時代から障がい者のスポーツに関わってきたこともあり、なんとかならないのかと感じていました。

ちょうど同じ頃、ある筋疾患の患者さんの希望で、県内のボッチャ大会に毎年一緒に参加していました。毎回初戦敗退が続いていましたが、「勝ちたい」と言われたことをきっかけに、一緒に何度も練習をして臨み、2013年に優勝することができました。自発的に「参加」することの価値、そのための「機会」があることの大切さを改めて理解しました。

勤務先の病院は神経筋難病の患者さんが多く、障害に関わらずスポーツに参加したいと望む声をたびたび聞きました。「走る」ことはADL(日常生活動作)の延長であり、誰にとっても特別な技術や道具を必要としないシンプルなスポーツです。当院の患者さんでも参加できるような仕組みが作れないかと思いました。

そこで、県内最大規模のランニングイベントであり、知名度や注目度も高い新潟シティマラソンに、車いすで参加できるようになれば、その意義は大きいと考えました。また、新潟市内は比較的平坦であり、コース条件が許されるならば、車いすでも参加できる仕組みは不可能ではないと感じました。まずは「車いす不可」を取り払うことが、「ユニバーサル」につながると考えました。

山田さんが感じた違和感や患者さんの思いを受けて、決心されたのですね。ユニバーサルラン種目創設を実現するまでの経緯をお聞かせいただけますか?

山田さん:一市民として2015年2月に市のスポーツ部門の担当課にメールで車いすでの参加について問い合わせをしたところ、「車いすでは走行困難な箇所があることなどにより、安全面の確保ができない。引き続き走行可能なコースについて検討する」との返信が来ました。しかし、2017年大会からコースが変更されても、車いすでの参加はできないままでした。

その間も個人的に、車いすで参加できる県内や全国のランニングイベントの調査、障がい者をめぐるスポーツ行政の在り方に関する調査、当時新潟市で制定に向けて進めていた障がい者差別解消条例案の検討会議の傍聴など、地道な活動をしていました。特に、スポーツ庁創設後も地方行政では障がい者のスポーツは福祉事業の扱いだったことに問題意識を持っていたので、市長に手紙を送るなど、一元化の提案をおこないました。

意見の甲斐があったか不明ですが、東京五輪パラが近づいていたこともあり、新潟市では2018年度から障がい者のスポーツに関する所管が福祉部門からスポーツ部門に移管されました。対話しやすい環境ができたので、2019年11月に満を持して、同じ思いを共有していた新潟県障害者スポーツ協会の丸田徹さん、新潟市議会議員の伊藤健太郎さんに声をかけ、生活用車いすでも参加できる仕組みを目指す「ユニラン連絡会」を発足しました。

3人で協議し、競技性よりも「参加」に主眼を置いた「ユニバーサルラン(仮称)」種目の新設提案書を作成して市側へ提出、協議を進めていきました。

その結果、2021年大会に車いすでの参加を可能にしていく方向性となりましたが、2020年にコロナ禍となり、その年の大会予定は中止、私たちとの協議も頓挫してしまいました。

中原八一新潟市長(中央)の元へ、障害のある当事者とその家族とともに訪問。左から伊藤市議、山田さん、佐藤新潟県理学療法士会会長(当時)。右端は飯田新潟県理学療法士会スポーツ活動支援部長(2022年1月撮影)

ついに車いすでの参加が実現しようとした矢先、コロナ禍になってしまったのですね……。

山田さん:そうなんです……。しかしその年、代替イベントをおこなう予定であるという報道を地元紙で目にし、すぐさま連絡会で相談し、車いすユーザーの試験的参加について市側にお願いしようとなりました。

それは、主催者側が最も気になっている「安全」について、実際に車いすユーザーが一定の見守りサポートのもと、生活用車いすで走る場面を見ていただくことで「危険ではない」ことを理解してもらう最初の好機と考えたからです。

プログラムに車いす枠として800mタイムトライアルを15名枠で追加してもらえたので、参加してくれる方を探して定員いっぱい確保し、新潟県理学療法士会の飯田晋スポーツ活動支援部長に協力を要請しました。10月にイベントが開催され、新潟県障害者スポーツ協会と新潟県理学療法士会の有志で見守りや出走前後の介助などサポートをおこない、皆さんが安全に完走できました。あのときの走り切ったあとのランナーの表情が今でも忘れられません。

コロナ禍での代替イベントにて市陸上競技場で車いすの部を試験的に実施した様子。電光掲示板には「ユニバーサルラン」の文字が見える(2020年10月撮影)

山田さん:翌年の代替イベントではその後の通常開催を見据えて、新潟市中心部の萬代橋を含む公道でのフリーランが開催され、前年に引き続き車いすユーザーも試験的に参加させてもらえることになり、再び見守りなどのサポートをさせていただきました。

このとき、多くの市民ランナーとともに車いすランナーも楽しんでおり、ときに見知らぬランナーが車いすを押してくださるシーンも見られました。とても好評で、まさに「ユニバーサルラン」の前哨戦となりました。

この2回の試験的参加を経て、2022年1月に新潟県理学療法士会の佐藤成登志会長(当時)から中原八一新潟市長に共生型の大会運営に向けた要望書を手渡していただきました。その後、2022年5月に新たな体制での新潟シティマラソンの通常開催の方針が発表され、従来からのフルマラソン、ファンランに加えてユニバーサルランが新設され、ファンランでも車いす(競技用を除く)参加が認められました。振り返ると、ある意味ではコロナ禍がきっかけというか、代替イベントを通じて運営側と相互理解を深め合いながら具体的な協議をしてきたことはよかったと思います。

その年の10月に刷新1回目となる大会でユニバーサルランを新潟県理学療法士会でサポートさせていただきましたが、萬代橋で3種目並走の光景を目の当たりにし、感無量でした。

はじける笑顔のランナーを理学療法士がサポートする様子。並走するフルマラソンのランナーからもエールが飛んだ(2022年10月撮影)

"ユニラン文化"からインクルーシブな社会へ。理学療法士としての役割

ユニバーサルラン種目の企画・運営において、理学療法士の視点が活かされたと感じたことはありますか?

山田さん:主催者側が公道で生活用車いすの走行を許可するのには、勇気が要ったと思います。しかし、そもそも障害や車いすなどに対する理解が十分ではなかったことが主因であり、運営上の心配や不安に対して建設的に対話をしてきたことがよかったと思います。

コースについては事前に車いす使用者に協力してもらい、私自身も車いすを操作して歩道を試走して路面の状況確認をしたり、周辺の多目的トイレや駐車場の状況も確認しました。

また、多くの理学療法士が大会の広報にご協力くださり、それぞれの勤務先である病院や施設にポスターを掲示していただいています。マラソン大会のポスターが貼ってある医療・福祉施設は全国的にあまりないと思いますが、新潟では当たり前になりつつあります。

大会当日は、理学療法士および養成校の学生が介助担当として参加されていると伺いました。当日はどのようなサポートをしているのでしょうか?

山田さん:新潟県理学療法士会は毎年有志を募り、新潟県障害者スポーツ協会から借りたピンク色の<介助>と書かれたビブスを着用して臨みます。おもに何らかの不自由がある方々への見守り活動ですが、様々な人たちが一緒に走っているので、ユニバーサルラン全体の現場責任者という気持ちでいます。

そのため、会場に集まった参加者の状況を確認し挨拶をしたりして「何かあればいつでも声をかけてください」という関係を作っています。また、大会の関係者やボランティアの皆さんとも連携し、けが人や不調者への緊急時対応、AEDの配置箇所の確認もします。スタートから折り返しまでの1km区間で、4ヵ所くらいに理学療法士を数人ずつ配置します。学生さんにも受付や介助など可能な範囲でお手伝いいただき、現場の雰囲気を体感してもらっています。

コースの現場では、理学療法士の視点を活かして参加者の表情や動作を危険予測しつつ観察、見守りしています。橋の上はコースが狭く、両端が緩やかに傾斜しているので、必要に応じて声かけをしたり、介助をしたりします。車いすユーザーも自走、介助、電動と様々ですし、中には人工呼吸器使用者もいます。複数人の介助者が取り囲んで押していたり、ベビーカーでの参加や親子で一生懸命走っている人もいますので、「ゆっくりね~」とか「時間はたっぷりありますよ~」などと譲り合うように声かけをしながら、全体的にペースを緩和するように誘導します。熱中症になりかけていると思われる方には、タオルや帽子で頭部を覆うように伝えたり水を飲むように促し、車いすで姿勢が崩れている方には声をかけて、正しい姿勢にしていただくようお伝えしています。

幸い、これまでユニバーサルランで大きなアクシデントはなく、盛会に終わっています。

理学療法士のスタッフがエールを送りつつ、安全な走行を見守る(2025年10月撮影)
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