高次脳機能障害とは何か【前編】-見えにくい障害の特徴と支援の受け方

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高次脳機能障害は、事故や病気によって脳が損傷し、記憶や注意、判断、感情のコントロールなどに困難が生じる障害です。外見からは分かりにくいため理解されにくく、日常生活や社会生活のさまざまな場面で支援を必要とすることがあります。

こうした中、2026年4月1日に「高次脳機能障害者支援法」が施行されました。この法案の成立に尽力した人物として、日本高次脳機能障害友の会の理事長であり、理学療法士として長年当事者の支援に携わってきた片岡保憲さんがいます。

本記事では片岡さんにお話を伺い、前編では高次脳機能障害の特徴や必要とされる支援について、後編では法案成立に至った背景や片岡さんの思いについてお届けします。

PROFILE

片岡 保憲(かたおか  やすのり)理学療法士<br>NPO法人 脳損傷友の会高知 青い空 理事長<br>NPO法人 日本高次脳機能障害友の会 理事長

片岡 保憲(かたおか やすのり)理学療法士
NPO法人 脳損傷友の会高知 青い空 理事長
NPO法人 日本高次脳機能障害友の会 理事長

急性期・回復期病院で11年間、理学療法士として勤務。その後介護老人保健施設で4年間勤務し、2014年に「NPO法人 脳損傷友の会高知 青い空」の理事長に就任。医療機関在職中には、イタリアなどで脳損傷後のリハビリテーションに関する研修を重ねる一方、脳損傷に関する臨床研究に取り組み、大学院医学系研究科修士を修了。2020年に「NPO法人 日本高次脳機能障害友の会」理事長に就任。医療・介護・教育の現場での経験を活かし、当事者や家族の支援に尽力。2021~2023年には第5期内閣府障害者政策委員会委員を務め、「高次脳機能障害者支援法」の法案制定にも深く関わった。

高次脳機能障害の特徴、当事者や家族が抱える困難とは

片岡さんは長年、当事者やご家族と向き合っていらっしゃいました。まずは高次脳機能障害とは、どのような障害なのかを教えてください。

片岡さん:高次脳機能障害とは、交通事故や脳卒中(脳梗塞・脳出血など)で脳が損傷を受けた後に現れる障害の総称です。記憶、注意、遂行機能(段取り力)、言語、感情コントロールなど、「考える」「覚える」「集中する」といった認知機能に影響が及びます。行政上は、注意障害、記憶障害、遂行機能障害、社会的行動障害などに分類されています。外見からは分かりにくいことから「見えにくい障害」とも呼ばれ、周囲の理解を得にくく、仕事や対人関係など、日常生活や社会生活に支障をきたしている方が多くいます。

現在、診断を受けている患者数は全国で約23万人と推計されています。ただし、これは診断がついている人数に限られており、実際には診断に至っていない方も含め、30万~50万人程度が該当する可能性があると考えられています。

多くの場合、脳損傷後は急性期病院で治療を受け、その後回復期病院に転院しリハビリテーションをおこないます。身体機能が回復すると、学校や職場など元のコミュニティに戻ること自体がリハビリテーションになるという考え方もあり、比較的早期に退院するケースも少なくありません。しかし、復帰後に「以前と何か違う」と本人や周囲が気づき、高次脳機能障害の症状が明らかになる場合も多くあります。

実態把握が難しい障害なのですね。当事者や家族は、日常生活や社会生活でどのような困難に直面することが多いのでしょうか。

片岡さん:高次脳機能障害は外見からは分かりにくいため、障害への理解が得られず、誤解を受けやすいという特徴があります。その結果、人間関係のトラブルを繰り返すことも少なくありません。

例えば記憶障害や注意障害があると、約束を忘れる、段取りが立てられないといったことが起こります。仕事や学校ではミスが重なり、「やる気がない」「怠けている」と誤解されることもあります。こうした状況は当事者の孤立を招き、同時に家族も周囲の理解を得られず、深い苦しさを抱えることになります。

その実態を理解していただくために、Aさん(男性)の事例をご紹介します。交通事故で脳を損傷して20年になるAさんには、高次脳機能障害があります。特に社会的行動障害の影響により、暴言や衝動的な行動など、社会的ルールから逸脱した行動を繰り返していました。感情をコントロールすることが難しく、トラブルを重ねた結果、グループホームを退所し、現在は一人暮らしをしています。お酒を飲んだ際には、「寂しい」「孤独だ」とつぶやくことが多くありました。

※画像はイメージです

片岡さん:ある日、Aさんは出会い系サイトで知り合った女性とのメールのやり取りに夢中になります。生活費を切り詰めながら連絡を続ける中で、近くのアパートに出入りする女性を見かけ、「その女性がメールの相手だ」と思い込むようになりました。Aさんは手紙を書き続け、ポストや車に入れるようになりました。しかしその女性は全く別人であり、不安を感じた女性が警察に通報。Aさんは事情聴取を受けることになりました。

本人は状況を理解できず混乱し、感情が高ぶってしまいました。その行動の背景には、障害による認知の困難と、「孤独」への強い不安がありました。このような行動は障害によるものですが、周囲に理解されにくく、本人の生きづらさをさらに深めてしまいます。支援者として説明や理解を求めることはできますが、警察介入などの場面では十分な支援が難しい場合もあります。

また家族にとっても、できていたことができなくなる、性格が変わったように見えるといった変化は大きな心理的負担となります。2022年10月29日配信の朝日新聞の記事によると、介護者の約44%にうつ傾向がみられるとの報告もあり、家族の負担の大きさがうかがえます。

出典:鈴木彩子「高次脳機能障害、介護する人の44%「うつ傾向」孤立しない対策を」『朝日新聞』

当事者や介護する家族、職場ができる支援とは

当事者はもちろん、支えるご家族にも大きな負担がかかってしまうのですね。困難を改善するために、当事者が取り組める工夫はありますか? また、日常生活や仕事上では、家族や職場の方たちはどのような支援ができるのでしょうか?

片岡さん:重要なのは、発症前の状態に戻ろうとするのではなく、自身の障害特性を理解し、それを前提に生活を整えることです。例えば、

  • メモやスマートフォンを活用して記憶を補う
  • 予定を可視化して見通しを立てる

といった代償手段は非常に有効です。

また、当事者は疲れやすいため、休憩を意識的に取り入れることも大切です。一人で抱え込まず、支援を受けることを前向きに捉えることが生活の安定につながります。

片岡さんが代表を務めるNPO法人 脳損傷友の会高知 青い空での作業時間の風景。環境調整をすることで、安心して仕事に取り組むことができている

片岡さん:症状は一人ひとり異なるため、個別の対応が必要です。例えば感情のコントロールが難しい方には、刺激の少ない空間で落ち着く時間を設けることが有効な場合があります。当事者である私の弟は以前、感情を爆発させることが多々ありました。しかし、一人きりになれる部屋を用意してから10年ほど経過した頃、感情のコントロールができるようになってきました。このようなケースもあるので、考えつく工夫はいろいろと試してみるべきだなと日々の支援の中で感じています。

また、支援は一カ所に頼るのではなく、医療、福祉、当事者会、家族会など、多くの支援とつながることが重要だと考えています。いろいろなアドバイスや、何かヒントが得られる環境が整っていくと、ご本人の生きづらさや家族の不安の解消につながっていくのかなと感じています。

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