【前編】内科医・小説家 南杏子さんインタビュー~終末期医療への向き合い方

タイトルとURLをコピーしました。

南先生が考える、終末期医療で大切なこと

終末期に携わられた経験と想いが小説を書くことにつながったのですね。その『サイレント・ブレス』では主人公の倫子が、末期がんの患者に喫煙を許すシーンがあります。ご本人の意思を尊重することは大切なことですが、一方で命を縮める行為を医療者が認めることへの葛藤もあるのではないかと思います。南先生は終末期の患者への医療提供と尊厳について、どのようなお考えをお持ちでしょうか。

南先生:喫煙はもちろん健康に良くないのですが、自ら歩こうとしない高齢の患者さんには、「たばこを吸ってもいいですよ。そのために喫煙所まで歩いて行きましょうね」と言うことで、歩くモチベーションがアップし、自然な形でリハビリテーションになることもあります。その結果、自分でトイレに行く機能を維持することにつながったりもするんです。やはり、患者さんの状態や状況に応じた対応が大切だと感じています。

「健康長寿」は誰にでも簡単に実現できるものではないと思いますが、「幸福長寿」は誰でも目指せると思っています。ほとんどの人は、最期まで“健康”ではいられません。しかし “幸福”というのは、そんなふうに作り出せますよね。「幸福長寿」を目指すほうが、最終的には患者さんの満足につながるのではないかと思っています。

例えば、病院でリハビリテーションの一環としてお花やお野菜を育てているのですが、「お花を摘みに行きましょう。お野菜を収穫したら、料理をしましょう」ということを患者さんに伝えると、それが生きる楽しみになったり、刺激になったりするんですよね。そして、何か患者さんにしてもらったら、必ず「ありがとう」と伝えます。

体が不自由になったために、誰かに何かをしてあげたり、感謝されたりすることから遠ざかってしまった患者さんが多いので、そういった声をかけるだけでも患者さんのQOL(quality of life:生活の質)は上がっていきます。頼りにされたり、誰かの役に立ったりすることで、生きる喜びが生まれるものです。他愛もないことでも「ありがとう」と言われ、社会的に自分が認められることが、とても大事なんだなと感じます。

関連記事・あわせて読みたい ※別ウィンドウで表示されます

それでは在宅介護において、家族はどのように患者に接したらいいのでしょうか。

南先生:患者さんにたくさん話しかけてあげるのがいいと思います。患者さんにとっても自分に興味を持ってもらえることがうれしいので。また、お料理の味付けをみてもらったり、「着物を上手にたためないけれどこれで良いのかな?」などと聞いたり、難しいことではなくて家庭内のちょっとしたことで良いので、教えてもらうのもいいですね。

できることをやってもらい、小さなことを教えてもらう、そして必ず「ありがとう」と声をかける。ささやかなことばかりですが、患者さんにはとても喜ばれます。

医療の現場でも家庭でも、コミュニケーションが重要ということですね。しかし、家族の間でもすれ違ってしまうこともあるように思います。そうした家族をサポートするためにも、終末期医療はどうあるべきだと考えますか?

南先生:長年、ご家族で頑張って介護されてきて、「もうここまで十分に介護をやった」と納得されてから病院に預けてくださるご家族がいるのですが、そうすると介護にこれまであまりかかわってこなかった親戚などから「なぜ病院に預けたのか」などと言われてしまう…という方もいらっしゃいます。

介護をしてきたご家族がつらくなったときに、気軽に短期間だけでも預けられる、アクセスの良い施設がもっと増えると良いなと思います。「いざとなったらあそこでケアしてもらおう」という場所があれば「それまで自宅で頑張ろう」と思えるし、いわば「お守り」のような存在として、終末期の患者さんやご家族を支えるやり方もあるのではと考えています。

『いのちの停車場』では、在宅医療中の高齢の妻と暮らす夫が、妻を看取るための「死のレクチャー」を受けます。患者本人や家族を含め、終末期であることを受け入れることはとても難しいと感じますが、終末期医療においてどのようなことを心がけていらっしゃいますか。

(C) 2021「いのちの停車場」製作委員会

南先生:終末期医療の特徴として大切なことは、先ほども触れたように患者さんだけでなく、ご家族に対するケアも必要だということですね。ご家族は、入院している患者さんのちょっとした表情や仕草ひとつで、患者さんがそこで快適に過ごせているかどうかがすぐにわかるんですよ。

ご家族は、「ここに入ってからふっくらとした」とか、「ニコニコすることが増えた」「こんなに優しい笑顔、初めて見た」などと感じて、施設や病院に入れたことに対するある種の罪悪感のようなものはなくなったとおっしゃいます。

私たちは、患者さんも含め、ご家族にも「ここに入って良かった」「預けて良かった」と思ってもらえるようになることを心がけていますし、それが理想です。

関連記事・あわせて読みたい ※別ウィンドウで表示されます

おわりに

内科医・小説家として活躍する南先生が、社会人を経て医師を目指してから終末期医療にかかわるまで、そして南先生の終末期医療に対する考え方などをご紹介しました。介護する場所が病院であっても家庭であっても、ご本人にはいつまでもやりがいや生きがいを感じてもらうことが重要なのですね。

第2回目となる次回は「高齢者リハビリテーション」や「緩和ケア」について、南先生のエピソードを交えながらご紹介いただきます。お楽しみに。

前へ:医師、小説家になったきかっけ

PROFILE

南 杏子(みなみ きょうこ
医師、小説家

出版社勤務を経て、夫の転勤に伴いイギリスへ。帰国後、東海大学医学部に学士編入・卒業。慶応大学病院老年内科などで勤務したのち、スイスへ転居。スイス医療福祉互助会顧問医などを勤める。帰国後、都内の高齢者病院に内科医として勤務。医師としての経験を活かし、2016年、終末期医療を題材にした『サイレント・ブレス』で小説家デビュー。その後、『ディア・ペイシェント』(2018年)や『いのちの停車場』(2020年)などの作品を発表。最新刊『ヴァイタル・サイン』は2021年8月に刊行。