【番外編】東日本大震災から10年~理学療法士として今伝えたいこと:アンケートから見える被災地支援のかたち

支援活動に参加した理由は?

支援活動に参加した理由については、以下のような声が寄せられています。

  • 祖母が阪神淡路大震災で被災。そのとき、世界中のみなさんが助けてくれました。今度は僕が感謝をお返しする番だと思いました。(40代・北海道)
  • 理学療法士という専門職として力になれることは何かと考え、日本理学療法士協会の支援活動に申し込みました。現地では仮設住宅で運動指導をおこなったり、福祉用具の選定などをアドバイスしました。(30代・愛知県)
  • テレビで凄惨な現場を見て、自分にできることが必ずあると思い、日本理学療法士協会のボランティア募集要項を見て応募しました。公民館などが流されて活動の場が奪われ、廃用症候群(例:筋委縮や心機能の低下、血栓閉栓症、うつ状態)などの二次障害が起こると考え、これは理学療法士が支援に入ることが重要であるという一心で参加しました。(30代・茨城県)
  • 当時千葉で働いていて、自分も被害を受けました。東北で起きていることが他人事とは思えず、理学療法で何かできないかと探していたところ、知人の紹介で地区の公民館や個人病院にボランティアで参加させてもらえることになりました。(40代・長野県)

実際の被災地で「理学療法士としてのスキルや知識を活かしたい」という意見や、報道を見て「少しでも役に立ちたいと思った」「他人事と思えなかった」という思いで、支援活動に参加された方の回答が目立ちました。

困難な状況の被災地の状況を目の前にして、自分の専門性を活かしたい、何かできることをしたいという気持ちに突き動かされた方が多くいたことがわかります。

理学療法士が活動した内容は?

何とか力になりたいという強い思いで支援活動に参加した方が多かったようですが、実際に現地ではどのような活動をおこなっていたのでしょうか。その内容について伺いました。

回答では、募金活動を始め、さまざまな物資の支援などに参加した方が多く、現地に行けなくても支援をしたいという思いで行動された方が多かったことがわかります。

理学療法士のスキルや知識を活かした活動としては、「避難所・仮設住宅などでの運動指導、環境整備」が多い結果となりました。

「その他」の支援活動では、以下のような声も寄せられました。

  • 私が派遣された時期は、住宅は流され道路も未整備であり、住民がどこにいるか行政も把握できていない状況でした。地図を見て一軒一軒訪問し、住民の安否確認やニーズの掘り起こしをしました。(30代・茨城県)
  • 避難所でインフルエンザ感染症患者が急増し、さらに他のウイルス感染症も発生しました。感染症看護専門看護師とチームで避難所を回り、手洗い指導などの感染症対策の啓発活動をおこないました。(40代・神奈川県)
  • 高齢者の住宅の見回り、ボランティア希望者の電話受付、避難所で活動するボランティアのアレンジ、支援物資の物品管理などをおこないました。(40代・宮城県)
  • 海岸林を再生させるプロジェクトの一環で、松の木のお世話をしました。(20代・兵庫県)
  • 補装具のマッチング、避難所の衛生管理、感染予防活動、他職種ボランティアや医師との情報共有などです。(未回答・神奈川県)
  • 自身が住む街が避難者受け入れ地域でした。受け入れ当日に、宿泊先への誘導(バスから寝室までの一連の移動介助)などをおこないました。(40代・福岡県)
  • 汚れた写真をきれいに洗い、色を付けるお手伝いをしました。(30代・東京都)
  • 被災地での足浴のサポートです。(40代・愛知県)

災害時、狭い避難所や身体を動かす機会のない環境で、運動機能の低下防止や福祉用具の提供・調整、安全な生活環境の整備などは大変重要です。理学療法士の専門性を発揮できる活動といえるでしょう。

一方で、「身内を亡くされたとおっしゃる方に、運動指導ができる雰囲気ではなかった」「いきなり運動を提案しても興味を示していただけなかった」という声もあり、被災者の心に寄り添って活動することが求められます。専門性にこだわらず、がれきの撤去や炊き出し、衛生管理など、時期と状況に応じた支援活動が求められていることもわかりました。

あの日の忘れられない出来事

未曾有の被害をもたらした東日本大震災での支援活動は、支援に行った方にとっても忘れられない出来事が多かったと思います。被災地での支援活動の中で、特に印象に残っていることを伺いました。

  • 地域の医療従事者のみなさんも大変な状況の中、前を向いて業務にあたっていた様子が心に残っています。(30代・福島県)
  • 被災地の風景。家の跡地で泣いている家族。避難所で下肢に浮腫症状が出ているのに、自分ばかり医療は受けられないと言っていた女性。障害のある方の家族がポジショニング(床ずれなどを防ぐ体位変換)について聞いてこられたこと。避難所でのストレスを話し始めてくれた女性。(40代・福岡県)
  • 報道と現地の状況が乖離していると感じました。仮設住宅での状況を目の当たりにしたときに、インフラなどの復旧は進んでも「人の心の復旧」には非常に時間がかかると感じました。(30代・愛知県)
  • 被災者の方が、「家もお金も流されたけれど、絆が残った」と言っていたことです。(40代・東京都)
  • 川に一軒家が次々と流れ、車はおもちゃみたいに道路に転がっていました。同級生やその親が亡くなり、取り残された人たちが泣き崩れて立ち上がれなくなっているのを目の前で見ました。自分は寄り添うことしかできなかったと、今でも鮮明に覚えています。(20代・宮城県)

被災地の過酷な状況・光景が今でも忘れられないという声や、被災者との触れ合いの中で感じた、「人の温かさ」「大変な中でも周りを思いやる気持ち」に感銘を受けたという意見が多くありました。

実際に現地に赴かなくては感じることのできない、支援活動に参加された方ならではの体験であると感じます。

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