【第11回】みんなのリハビリ体験記〜年間10万人に1人が罹る病で小脳出血、復活の軌跡を伝えて恩返しがしたい~

連載「みんなのリハビリ体験記」では、ご自身やご家族が、病気やケガによるリハビリをこうやって乗り越えた、こんな素敵なエピソードがあった、現在前向きに取り組んでいる…など、読者の皆さんのリハビリに関する体験談を紹介しています。

第11回は、脳動静脈奇形による小脳出血を発症し約半年間のリハビリに取り組み、現在はお仕事をしながらご自身の体験をブログなどで発信されているという方の体験記をご紹介したいと思います。

PROFILE

山谷 優衣さん(29歳・女性

千葉県在住
リハビリのきっかけ:脳動静脈奇形による小脳出血

年間10万人に1人が罹る病から復活。体験を伝えて恩返ししていきたい

大学時代に突然の小脳出血を発症

私は2015年11月(当時21歳)の大学在学中に、脳動静脈奇形による小脳出血を発症しました。

脳動静脈奇形とは、先天性の脳血管の奇形で、年間10万人に1人程度が発症するまれな病気と言われています。通常、心臓から送り出された血液は動脈から毛細血管、静脈を通って心臓に戻りますが、脳動静脈奇形は毛細血管がなく異常な血管の塊に置き換わっているため、動脈からの血液が一気に静脈へ流れ込みます。そのため、高い血圧と血流による負荷で血管が破れ、出血してしまうことがあります。

この異常があると、一般的には20~40歳の間に血管が破裂しやすくなると言われています。私は小脳出血でしたので、強いめまいと平衡感覚の機能が低下したことで、一人で立つことさえできなくなってしまいました。

急性期病院で入院中の山谷さん

11月に小脳出血を発症した後、12月に開頭手術をおこないました。最初は「手術をすれば元の生活に戻れる」と簡単に思っていました。しかし、四六時中続く頭痛とめまい、そして「21年間生きてきて、たった1回の脳出血でこれまでのすべてが無駄になった」という絶望感から、回復期リハビリテーション病院へ転院した時には、「なんで自分が」という怒りや悲しみを持つパワーすらなく、ただただ無の状態でした。

一方で、同じ年齢の多くの人たちは就活を始める時期だったため焦りを感じ、どうすれば早く退院できるかを考えていたことも事実です。だから、一人では何もできない状態にも関わらず、早く退院するために辛い気持ちを隠して必死にリハビリに取り組みました。心はもうボロボロの状態でした。

そんな中、理学療法士、作業療法士、言語聴覚士、ケアワーカー、看護師、ソーシャルワーカーなど、たくさんの医療職の方々が声をかけてくださいました。そして、理学療法では、マットでのストレッチや病院内外での歩行練習、作業療法では、字を書く練習やメイク等の上肢動作に対する練習、言語聴覚療法では、嚥下の練習やはっきり発音するための練習など、様々な練習をおこないました。

自分自身、いろいろな感情を捨ててしまったはずでしたが、「何で私が回復するって信じてくれるんだろう」「この人のリハビリ楽しいな」など、様々な思いが芽生えました。特にケアワーカーさんから「友だちが山谷さんと似たような病気になったことがあるんだ。でも、今は社会復帰して働いているんだよ。俺もそいつから勇気もらったからさ」という言葉をかけていただいたことはとても印象に残っています。当時、周りに同年代の患者がおらず、不安しかありませんでしたが、「そんな人がいるんだ。目の前にいるこの人の言葉を信じよう」と思うことができました。身体はもちろん、心も救われていったのです。

回復期リハビリテーション病院入院時に、作業療法士に勧められて山谷さんがつけていた日記の一部。懸命にトレーニングに取り組んでいた様子が伝わってくる
入院時に山谷さんが履いていた靴。たくさん歩いて、ボロボロになったという

たくさんの方に支えられ、無事に大学を卒業

これらがきっかけとなり、「この人たちのもとで、もう一度生き直そう」と決心しました。また、通っていた大学が福祉系だったこともあり、この経験を大切にして社会福祉士になるという夢ができました。そこで、まずリハビリに専念するため、半年間の休学を選択しました。

休学中は毎日リハビリに励み、2016年5月に退院、その後、外来でリハビリを続けながら、大学に復学しました。電車通学や複数の授業を受けることは体力的に辛かったですが、様々な工夫をしました。例えば、分厚い参考書を単元ごとに裁断して荷物を軽くし、体力を減らさないようにしたり、教授にお願いして講義をICレコーダーで録音させてもらったりしました。こうすることで、聞き逃しやメモが追い付かなかった部分を補えるようにしました。

また通学時、学バスの運転手さんが補助席を出してくださったり、大学の先生が「山谷さんだけではなく、車いすやけがをした学生にも安心して通学してほしい」とこれまでなかったロッカーを設置してくださいました。

大学の先生が設置したロッカー。山谷さんは、自分だけでなく、周りの学生に対しても配慮してもらえたのが嬉しかったとのこと

このように周りの方々のサポートをいただきながら、2017年秋に無事大学を卒業できました。秋の卒業式は盛大なものではありませんが、私にとってはこれ以上ないとても思い出に残るものでした。

外来でリハビリを続けながら、見事大学を卒業

自分の体験を伝えることで恩返ししていきたい

卒業後は毎日勉強を続け、2018年3月に社会福祉士の資格を取得しました。「本当によく頑張った」と喜んでくださいました。

現在、私は地域福祉を推進する団体で週5日働いています。社会復帰をして気がついたことは、「リハビリの成果を実感した時、支えてくれた理学療法士、作業療法士、言語聴覚士など専門職の方々は自分のそばにいない」ということです。なんて儚く、素晴らしい仕事なのだろうと思いました。

また、今の私の姿を見て、大きな病気を経験したとは気づかない方がほとんどです。これは間違いなく、リハビリを担当してくださり、私を支えてくださった多くのスタッフの皆様のおかげです。本当の優しさが詰まったリハビリの数々に感謝しています。

現在は母校での講演などを通して、多くの人へ感謝の気持ちを発信している

もし、当時の私のように心が潰されてしまいそうな患者さんやそのご家族がいたら、思いを受け止めたうえで応援していきたいと思います。そして、自分が病気になったこと、障がいがあった過去を隠さずに、いろいろな人に伝えていくことを今後の目標にしたいです。

たくさんの方にお世話になった私が発信をしていくことが、恩返しの一つなのではないかなと信じています。

※みんなのリハビリ体験記に寄せられた体験談の内容は個人の感想であり、投稿者様自身でおこなった自主的なトレーニング等に関しましては、効果・効能を保証するものではありません。

おわりに

今回は、年間10万人に1人しか罹患しないという病・脳動静脈奇形が原因で起こった小脳出血から半年にわたるリハビリテーションを経て快復され、大学を卒業。その後、社会福祉士の資格を取得し、お仕事をしながらご自身の体験を発信されている方の体験記をご紹介しました。

学生時代、周囲が夢や希望に向かって勉強や就職活動に励む中、病に立ち向かうというご経験は大変辛かったことと思います。山谷さんがくじけそうになりながらも懸命にリハビリテーションに取り組まれた体験や、その後の活躍ぶりには、多くの方が勇気をもらえるのではないでしょうか。ぜひ今後もブログ等を通じて、さまざまな情報を発信していっていただきたいと思います。

なお、11回にわたってお伝えしてきた連載「みんなのリハビリ体験記」は、今回をもって最終回となります。ご紹介した体験談が、現在治療中や闘病中の方、リハビリに取り組まれている方の励みになればうれしいです。また新たな企画をお楽しみに!