シカクの人物図鑑 西村艇兵さん:理学療法士の視点で記録に挑むパラアスリート

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「シカクの人物図鑑」シリーズでは、理学療法士としてお仕事をされていて、その他にも素敵な特技をお持ちの方、別のフィールドでも活躍されている方などをピックアップして紹介していきます。

第12回目となる今回は、理学療法士としての臨床経験を経て、現在はパラアスリートとして活躍されている西村艇兵さんをご紹介します。

シカクの人物図鑑:プロフィール

PROFILE

西村 艇兵(にしむら てっぺい

■年齢:28歳

■現在のお仕事:
Sky株式会社所属 パラ陸上選手

■今のお仕事を始めるまでの経歴:
2019年 社会医療法人 頌徳会 日野病院 入職
2022年 医療法人 芙蓉会 南草津病院 入職
2025年 Sky株式会社 アスリート契約として入社

■最近あったちょっと気になること:
高校生の頃と比べて疲労が取れにくくなったと感じることです。以前は一晩寝ればスッキリしていたのですが、最近は「もう1回寝たい」と思う日が増えました。身体の声を聞きながら、うまく付き合っていきたいと思っています。

理学療法士の視点で自らの身体と向き合う。西村艇兵さんの人物図鑑

はじめに、西村さんの現在のお仕事を教えてください。

西村さん:Sky株式会社にアスリート雇用で所属し、パラ陸上競技(砲丸投・円盤投)の選手として活動しています。日々の業務としては、投てきやウエイトトレーニングなどの競技力向上を目的とした練習が中心です。

また、パラアスリートとして小学校で講演活動をおこない、子どもたちにスポーツの楽しさや挑戦することの大切さを伝える機会もあります。さらに、障がい者スポーツ大会では同じ投てき選手にトレーナーとしてサポートに関わることもあり、競技活動とあわせてパラスポーツの普及や競技環境の向上にも取り組んでいます。

滋賀県の小学校でパラスポーツに関する講義をしている西村さん。5~6年生約30名が参加した

ご自身も理学療法士として臨床経験をお持ちですが、なぜ理学療法士資格を取得しようと思われたのでしょうか?

西村さん:私はお産に起因する麻痺、いわゆる分娩麻痺(ぶんべんまひ)があり、幼少期から長期間にわたり理学療法士にお世話になってきました。子どもの頃は腕立て伏せもできず、思うように身体を動かせないもどかしさを感じていました。しかし、理学療法士の方々に支えていただきながら、少しずつできることが増えていきました。

その経験が今も強く心に残っており、「いつか自分も、誰かの挑戦や回復を支えられる存在になりたい」と思うようになったことが、理学療法士を目指したきっかけです。

ご自身の経験が原点にあるのですね。そこからパラアスリートを志したきっかけは何だったのでしょうか。

円盤投げの練習をおこなっている様子

西村さん:高校時代に陸上競技に取り組んでいましたが、卒業を機に一度競技から離れ、約10年間スポーツとは距離のある生活を送っていました。

私は左腕神経叢麻痺(ひだりわんしんけいそうまひ)があります。左腕神経叢麻痺とは、首から左腕へ伸びる神経の束(腕神経叢)が損傷し、麻痺が生じてしまう状態です。しかし、当時は自分がパラスポーツの対象になるとは思っておらず、「障がい者スポーツ」とは縁のないものだと感じていました。

その後、再び陸上競技に取り組む機会があり、10年ぶりに競技を再開しました。周囲の勧めやパラ陸上競技の存在を知るなかで、初めて自分にも真剣に挑戦できるステージがあることを知り、大きな衝撃を受けました。実際に競技の世界に触れることで、記録や勝負に真剣に向き合える環境に強く惹かれ、「もう一度、本気で陸上に挑戦したい」と思うようになり、パラアスリートを目指すことを決意しました。

障がい者スポーツについて深く知ることで、再び陸上に向き合いたいという思いが芽生えたのですね。西村さんが思う、砲丸投げや円盤投げの魅力・おもしろさはどんなところですか?

西村さん:砲丸投げや円盤投げの魅力は、力強さと同時に繊細さが求められるところだと感じています。一瞬の判断や感覚の違いで記録が大きく変わるため、毎回が真剣勝負です。思い描いた通りに投てきが決まったときの爽快感は言葉にできないほどで、その感覚に惹かれて競技を続けています。

競技において、具体的にどのような筋肉を多く使いますか? また、コンディション管理で意識されていることはありますか?

西村さん:砲丸投げと円盤投げの最大の特徴は、下肢から上肢へと力を伝達する「運動連鎖」と、一瞬の爆発的な筋出力による瞬発力にあると感じています。特に大殿筋、大腿四頭筋、ハムストリングスなどの下肢の筋肉で生み出したパワーを、腹斜筋群を中心とした体幹の回旋運動を介して肩関節・上肢へと効率よく伝えることが、記録に大きく影響します。

※編集部注:
・大殿筋
 お尻にある最も大きくて表層にある筋肉
・大腿四頭筋
 太ももの前面の筋肉(大腿直筋、内側広筋、中間広筋、外側広筋)
・ハムストリング
 太ももの裏側の筋肉(大腿二頭筋・半膜様筋・半腱様筋)
・腹斜筋群
 お腹の側面の筋肉(内腹斜筋、外腹斜筋)

関節面では、股関節・胸椎・肩関節の可動性が投てき動作の質を左右します。そのため、これらの関節可動域の維持と体幹の安定性を意識したコンディション管理をおこない、トレーニング後には殿筋群(お尻の筋肉)、大腿部、肩周囲を中心にストレッチやセルフケアをおこなって、疲労の蓄積を防ぐようにしています。

2025年秋に滋賀県で開催された「わたSHIGA輝く国スポ・障スポ 2025」にも参加した

ご自身の筋肉や体の使い方など、かなり研究されているのですね。理学療法士としての経験や学びは、今の活動にどのように活かされていますか?

西村さん:理学療法士として学んだ身体の構造や運動学、障害のメカニズムの知識は、現在の競技活動に大きく活かされています。私は左腕神経叢麻痺があるため、体幹や股関節の使い方に左右差が生じることは、競技を本格的に始める前からある程度予測できていました。そのため、左右差を単に「修正する対象」として捉えるのではなく、「その特性をどう活かすか」という視点で、動作やトレーニングを考えるようにしています。

トレーニング内容も感覚だけに頼らず、解剖学や運動学、これまでの研究や知見を踏まえたうえで、自分の身体に適した方法を選択することを大切にしています。そして左右差や競技特性に合わせた個別性の高いトレーニングを組み立て、実際の動作の変化や身体の反応を見ながら調整してきました。

理学療法士として身につけた「評価して、組み立てて、検証する」という考え方が、左腕神経叢麻痺という特性を持つ自分の競技力向上とコンディション管理の土台になっていると感じています。

パラアスリートとして活躍されるまでの苦悩や大変だったことはありましたか?

西村さん:最も大変だったことは、プロアスリートとして活動するなかで生まれたプレッシャーと、10年ぶりに競技を再開したことによる身体のギャップです。会社から記録を求められているわけではありませんが、「結果を出さなければならない」と自分自身にプレッシャーをかけてしまい、思うようにいかない時期は精神的にも苦しいと感じることがありました。

また、高校時代の感覚との違いに戸惑い、身体が思うように動かず、記録が伸びない時期もありました。それでも少しずつ今の自分の身体と向き合い、「今できること」を積み重ねていくことで、前向きに競技に取り組めるようになりました。

プレッシャーや葛藤……うまく付き合い乗り越えていくのは大変だと思います。辛いときやスランプのとき、ご自身を鼓舞するためにおこなっているルーティーンや考え方はありますか?

西村さん:辛いときやスランプのときは、動作全体だけで評価するのではなく、その構成要素をより細かく見るようにしています。動きの一部分でもポジティブな変化や良かった点があれば、そこをしっかりと認めて自分を褒めるようにしています。

すべてがうまくいかなくても、「今日はここが良かった」と思える点を見つけることで、前向きな気持ちを保ちながら、次の一歩につなげるようにしています。

競技活動以外では、音楽を通してリフレッシュする時間を大切にしています。最近では矢沢永吉さんのライブにも行き、会場の一体感や圧倒的なパワーにとても刺激を受けました。非日常の空間でエネルギーをもらうことで、また競技に向けて前向きな気持ちになることができています。

良かったところを認めながら前向きな気持ちを保つこと、大切だと思います。現在のパラアスリートにおいて、やりがいを感じるのはどんなところでしょうか。

西村さん:競技を通じて自分自身の成長を実感できることです。記録や動きに少しずつ変化が現れるたびに、これまで積み重ねてきた努力が形になっていることを感じられます。

また競技活動だけでなく、講演や大会での関わりを通じて、パラスポーツに触れるきっかけを届けられていることにも大きなやりがいを感じています。

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