【後編】スポーツと理学療法~理学療法士のスポーツ分野での役割とは~

2024年に開催されるパリ五輪で追加種目となったブレイキン。前編ではブレイキンの選手であり、文京学院大学の学生でもある河合来夢(かわいらむ)選手に、競技としての魅力や続けていくうえでおこなっているトレーニング、そして身体のメンテナンス方法などについて伺いました。

後編では、河合選手の身体のメンテナンスを実施した文京学院大学の3名の理学療法士の先生方のインタビューをお届けします。河合選手におこなったメンテナンスの内容や理学療法がアスリートにどのような効果をもたらすかについてなどお話を伺っていきます。

PROFILE

福井 勉先生(ふくい つとむ)

福井 勉先生(ふくい つとむ

文京学院大学/学長、教授
1982年より昭和大学藤が丘病院、東京都立医療技術短期大学、昭和大学藤が丘リハビリテーション病院に理学療法士として従事。昭和大学保健医療学部などの教員を経て、2006年より文京学院大学で勤務。2023年度より学長・医学博士。

柿崎 藤泰先生(かきざき ふじやす)

柿崎 藤泰先生(かきざき ふじやす

文京学院大学 保健医療技術学部 理学療法学科/学科長、教授
1991年に理学療法士として昭和大学藤が丘リハビリテーション病院入職、1997年に昭和大学附属豊洲病院へ異動、2002年3月学位(医学博士)取得(昭和大学)。2006年文京学院大学准教授として勤務、2012年同教授となり、現在に至る。

上田 泰久先生(うえだ やすひさ)

上田 泰久先生(うえだ やすひさ

文京学院大学 保健医療技術学部 理学療法学科/准教授
2000年に横浜新緑総合病院 リハビリテーション科へ入職し、理学療法士として臨床に従事。2007年より文京学院大学 保健医療技術学部 理学療法学科に所属し、教育・研究に従事。

河合選手のメンテナンスをおこない、理学療法士として感じたこととは

河合選手の通っている文京学院大学には、理学療法学科があります。こちらで教鞭をとられている3名の先生方は、それぞれの専門分野を生かして河合選手の身体のメンテナンスを実施されました。まずは、河合選手のメンテナンスをおこない、どのような課題を感じられたかなど感想を伺っていきます。

最初に先生方が特に専門とされている理学療法のジャンルを教えていただけますか?

福井先生:私の専門は動作分析で、30年以上おこなってきています。関節の動きやモーメント(力が物体を回転させようとする作用)は当然ですが、おもしろいのは身体の関節間に関係性があることです。また皮膚の生物学的プロセス(メカノトランスダクション=並んでいる細胞同士がお互いに関係性を持った動きを示すということ)の分析とその臨床効果について研究をおこなってきました。力学の研究手法(バイオメカニクス)を用いて、身体の細胞や組織はどのように影響を及ぼすのか(メカノバイオロジー)を明らかにしていくのが今のテーマです。身体への皮膚の影響は広いため、現在は脳卒中や内科疾患の患者さんなど、運動器疾患以外への応用を考えています。

柿崎先生:呼吸器を運動器として捉えた理学療法を研究してきました。従来、横隔膜や胸郭(人間の胸部に位置し、胸椎・肋骨・胸骨から構成される籠状の骨格のこと)に関しては、呼吸器官として捉えられてきました。しかし、これらは姿勢や動作に強く関与することから、運動器官としての側面もあると考える必要性が出てきたのです。胸郭の運動を分析し、その左右非対称性に対し独自の理学療法アプローチを実施することで、身体の中心部の安定はもちろん、頭部や手足においてバランスのとれた運動が生じます。その結果、歩き方にも変化が生じ、歩いて前に進む力が生まれ、歩きやすさが増すことも多いです。

上田先生:理学療法士として20年以上、様々なことを経験した中で、現在は運動器(骨・関節、筋、神経)の理学療法を専門にしています。具体的には、運動器の機能障害に対する「運動療法」と「セルフケア」の技術開発をおこなっています。運動器の機能障害には、凝り(主に筋の収縮の障害に伴う症状)、痛み(主に神経の絞扼に伴う症状)、可動域制限(主に関節の不適合に伴う症状)などが含まれます。特に首・肩の凝り、痛みのような頭頸部の症状について、理学療法士が「運動療法」で改善できる効果的な方法、患者さん自身が「セルフケア」で改善できる効果的な方法を検証しています。

河合選手の痛みや身体の悩みに対して、先生方はどのようなアプローチをされたのでしょうか?

福井先生:パフォーマンスをさらに向上させるために必要なことは何かを河合選手に話し、手足の素早い運動や身体の重さを感じるアドバイスをおこないました。また、身体の中心と手足の末梢の関係性が特に重要と考え、体幹へのアプローチをおこないました。同時に股関節の動かせる範囲がアスリートとしてまだ不十分であるとも考え、股関節の動きとその動きを保持するための理学療法をおこないました。

河合選手の股関節の動きをチェックする福井先生。左右の違いや痛みのある部分を確認しながら、施術をスタート

柿崎先生:河合選手が訴えていたのは、全身性の痛み、パフォーマンスでの安定した身体の回転が得にくいこと、そして競技の後半に足の重さを感じて、自由が利かなくなることだったと記憶しています。そのため、胸郭の左右非対称性を除く理学療法を実施しました。これは、体幹筋の正しい使い方を教えて、肋骨配列に生じている左右差をなくす理学療法です。結果的に体幹の運動機能は改善し、四肢の操作性が高まります。具体的に河合選手には、体幹内で正常に生じる運動連鎖を再現させる独自のプログラムをおこないました。

レッドコードというロープを使った運動療法の装置を用いて、河合選手の体幹のずれを正すメンテナンスを実施

上田先生:今回の河合選手の主な症状は、首の後面・肩甲骨上部の痛み(伸長感・詰まり感を伴う痛み)でした。そのため、運動器である「骨・関節、筋、神経」の3つの視点から評価をおこないました。その結果、首と肩甲骨にある浅層と深層の筋肉の滑走不全(浅層と深層の筋肉が滑らない)が主な原因と分かりました。そこで筋肉の層に沿って別々に身体を動かすようなアプローチを実施して、症状を緩和させました。さらに、この症状を引き起こす根本的な原因は、首の土台となる上半身の柔軟性の低下であることが分かりました。症状の再発予防の観点から、上半身の柔軟性を向上させるセルフケアを助言しました。

首の左側に痛みが出やすいという河合選手。この後、痛みやこわばりを取るためのメンテナンスをおこなった
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