理学療法士の歴史(2)教育向上と学術研究で世界水準を目指した発展期

写真:第6回アムステルダムWCPT総会

日本における理学療法士の歴史は、高度経済成長期に突入した1960年ごろから始まり、職業として現在に至るまでに様々な歴史がありました。

前回は日本における理学療法の誕生から、理学療法士という存在が全国に広まるまでの歩みをお伝えしました。

第二回目の今回は、着実に活動を重ね、実績を積み上げてきた日本の理学療法が世界にも認知されるようになった昭和から平成にかけての時代を振り返ります。

理学療法士の歴史(1) 日本の理学療法士の歴史はここから始まった―

1974年(昭和49年)〜 学術誌創刊、世界連盟総会への参加〜短大教育の開始

写真: WCPTに正式加盟した第7回モントリオール大会

日本理学療法士協会の学術誌『臨床理学療法』が創刊されたのは1974年(昭和49年)のことでした。その後、1984年(昭和59年)に『理学療法学』と名称を変えましたが、この学術誌は現在も発行が続いています。

また1974年は、モントリオールで行われた第7回世界理学療法連盟の総会にて、日本理学療法士協会の正式加盟が認められた年でもありました。

さらに1979年(昭和54年)には、金沢大学医療技術短期大学部に理学療法学科が新設され、念願であった大学教育(3年制)が開始されます。

学術誌「理学療法学」

1985年(昭和60年)~ 協会の着実な歩み〜理学療法が「科学」として認められる

1985年(昭和60年)は、協会設立からちょうど20年目の年でした。この節目の年、理学療法の現状と課題についてまとめた『理学療法白書』が発刊されました。これ以降、白書は現在も刊行され続け、その折々の現状と課題を伝える資料となっています。

時代が昭和から平成へと移り変わった1990年(平成2年)、日本理学療法士協会が、日本学術会議により学術研究団体として認定されました。これによって、日本の理学療法が日本学術会議によって“科学”として認められたといえます。

また、この認定により、日本理学療法士協会は「職能団体」「公益団体」そして「学術団体」という側面を持つことになりました。

1992年(平成4年)~ 全国へ広がる理学療法士教育

1992年(平成4年)、広島大学医学部保健学科に理学療法専攻が新設されました。理学療法士の養成課程として、4年制大学教育が開始されたのです。これ以降、大学教育による理学療法士養成は全国に広がっていきます。

また、1994年(平成6年)には理学療法士協会において、理学療法士の新人教育プログラムが開始されました。1997年(平成9年)には、理学療法士のさらなる資質向上や自発的な学習の継続を目指し、生涯学習システムの構築と専門・認定理学療法士制度の導入がなされ、学校を卒業した後でも理学療法士の学習を続けられる学習制度の基盤ができました。

現在、卒後教育をより臨床力を高めるものとするために2021年(令和3年)を目途とした新生涯学習システムの準備が進められています。

1998年(平成10年)~ 日本の理学療法は世界へ

写真:第13回世界理学療法連盟学会

1998年(平成10年)、英文学術誌『JJPTA(Journal of the Japanese Physical Therapy Association)』を創刊しました(2016年12月より誌名を『Physical Therapy Research(PTR)』に変更)。世界水準を目指してきた日本の理学療法にとって、ひとつの到達点ともいえます。

Physical Therapy Research(PTR)

その翌年、1999年(平成11年)には、パシフィコ横浜において「第13回世界理学療法連盟学会」が初めて日本で開催されました。「文化を超えて」をテーマに、76カ国からの参加があったほか、天皇・皇后両陛下もご臨席されました。

世界理学療法連盟

2003年(平成15年)に、『理学療法診療ガイドライン』が発刊され、日本の理学療法の水準の向上に寄与することとなりました。

理学療法診療ガイドライン

昭和から平成にかけて、理学療法士の教育水準向上と学術研究の充実を進めてきた理学療法士協会ですが、2000年(平成12年)の介護保険制度導入や2006年(平成18年)の診療報酬改定などの影響を受けて社会に目を向けた活動に力を入れるようになります。

次回は、2000年代以降の理学療法の発展についてお伝えします。